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成願寺
山門を抜けると やすらぎがあった
お寺の正門であるところの山門。まばゆく映える白壁の山門は、遠目からでも印象的。曹洞宗系の禅寺「多宝山 成願寺」です。本山は、福井県の永平寺と横浜市鶴見の總持寺。「多宝山」とは山号で、お寺につける称号です。
禅仏教の成り立ちにつきましては。お釈迦様がはじめた仏教、そのお心や実践は弟子へ孫弟子へと受け継がれ。やがて「禅の心のみが真実」を信念とする達磨大使が、禅仏教の鼻祖となりました。
中野の長者の秘訣 律儀で勉励に一途
成願寺は「中野長者の寺」とも呼ばれています。その長者とは鈴木九郎(1371年生/1441年没)ここ神田川近辺で荒地を開墾し、田畑を耕し馬を育てては売っていたものの。さっぱりうだつが上がらず、貧しい暮らしぶりでした。
そんな九郎が馬市へ行く途中、浅草の観音様にお詣りをして。「馬が売れて、その代金に大観通宝が混ざっていたら、観音さまに差し上げます」と祈りました。大観通宝は足利時代に使われていた宋銭で、とても高額な銅貨でした。
馬は予想以上に高く売れ、九郎が代金を受け取ったところ。なんと、お金はすべて大観通宝。観音様への誓いを守るには、捧げなくてはいけません。
九郎は悩み迷いましたが、すべての大観通宝を観音様に納めました。そして翌日からは、今まで以上によく働き。やがて財を成し多くの人に慕われ、中野長者と呼ばれるようになったと伝えられています。
中野長者の秘訣って、とても地道。だからこそ叶ったのかな。
御本尊にお釈迦様、諸国霊場巡礼の百観音堂
おごそかな雰囲気の大雄宝殿。奥に見えるは釈迦牟尼佛如の坐像、すなわちお釈迦様です。鎌倉時代独特の彫刻様式で、悟りのお姿を示しています。
西国三十三ヶ所と坂東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所。これら百ヶ所の観音霊場と同じお姿の観音様が安置されている、圓通閣。百の観音霊場の巡礼と同じ功徳が得られるらしく。
山門正面に並ぶは、六地蔵菩薩。命あるもの死後には6つの世界のうちのどこか(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)に生まれると言われていて。旅の僧の姿をした地蔵菩薩が現れて、苦しんでいる魂を守護してくださるとのこと。
中野区指定文化財である、鍋島地蔵。佐賀蓮池藩鍋島家の子女のため、寛文9年(1669年)に建てられました。
第2次世界大戦の間に使われた防空壕。多くの人が逃げ込み、ご本尊様やご開山様など成願寺の宝の一部も守られました。
防空壕の見学は予約制で、内部までご案内していただけます。
麗しき御朱印は いかがでしょう
成願寺では、紙に描かれた御朱印が販売されています。御朱印帳の取り扱いもありますが、ここオリジナルの品ではなく市販品。
大雄宝殿の右手に成願寺の受付があり、そこで御朱印やお守りなどを買えます。
新年の祈祷から除夜の鐘 坐禅会や写仏会も
成願寺では四季折々の年間行事や、さまざまな活動が催されています。
観音のご縁日や観音詣りなど、観音様との縁の深さを感じられる行事が多々。
坐禅会や写仏会は、まったくの初心者でも参加できます。詳細は成願寺のオフィシャルサイトに記されているので、ご覧ください。
2021年5月現在、坐禅会は休講中です。開催スケジュールはオフィシャルサイトで告知されるので、ご確認ください。
一期一会の命をみつめ、尊重し、宇宙永劫の中を泰然と生きる
このお言葉は、成願寺を建立した禅師の鈴木九郎を貫く安心とのこと。
成願寺を訪れて、自身を省みたり、安らかな気分になれたり。そして学びやインスピレーションをいただいて、成長できたら。それこそがご利益となるのかな。
参拝者用の駐車場があり、境内にも駐車できます。京王バス「成願寺前」下車で徒歩1分。東京メトロと都営地下鉄「 中野坂上駅」からは徒歩3分。
日曜日、祭日、雨天を除く毎朝6時半にラジオ体操が行われていて、早朝からの参拝も可能です。
参考文献
・成願寺で配布している資料
・オフィシャルサイト
本原稿は成願寺様にチェックして頂いております。